栗原貞子
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「生ましめんかな」
この詩は原子爆弾が投下された後の夜、地下室に避難していた被爆者の1人が突然産気づき、同じ地下室内に避難していた1人の産婆が、自らの怪我を省みずに無事赤子を取り上げるが、それと引き換えに命を落としたという内容である。栗原は、広島市千田町の貯金支局庁舎の地下室[2]で新しい生命が生まれたという出来事を伝え聞き、感動してこの詩を書きあげた[3]。消えていく命と生まれ出る命を対比的に表現し、原爆を主題とした詩の中で、原爆の悲劇と人間のたくましさ、未来への希望を表現した名作との評価は高く、原爆詩の代表作の1つとされている。現在は広島地方貯金支局の後身機関である日本郵政株式会社中国支社の敷地内にある『郵政関係職員慰霊碑』と共に『生ましめんかな』の歌碑が建てられている。詩の中の産婆は地下室で亡くなるが、史実ではモデルとなった産婆や妊婦・取り上げられた子供は命を取り留め、戦後社会を生きている[4][5][6][7][8]。