栗原貴子
From Wikipedia, the free encyclopedia
- 1962年 - 大阪府豊中市にて生誕。旧姓は西村。3姉妹の末っ子であった[1]。
- こうづしま幼稚園、豊中市立豊島西小学校、豊中市立第一中学校、大阪府立北野高等学校、大阪大学経済学部卒業[1]。
- 1985年 - 大阪大学経済学部卒業後、東レにシステムエンジニアとして入社[1]。
- 1988年 - 昭和63年、公認会計士2次試験に合格。長女を出産[1]。
- 1989年 - 朝日親和会計社(後のあずさ監査法人)に非常勤で勤務[2]。
- 1992年 - 公認会計士3次試験に合格。3人目を出産[1]。
- 1993年 - 税理士登録。栗原会計事務所を開業[2]。
- 1995年 - 朝日親和会計社に非常勤で復職[2]。
- 2003年 - 大阪府議会議員選挙に出馬し、20票差で落選する[1]。
出馬から市議時代
元々口下手で人見知りであったが、人前で話をしたり文章を書くのは嫌いではなかった[2]。。税理士・公認会計士として、パートの監査の仕事をしながら自宅でも税務の仕事をしていたが、何か自分の経験を生かした人の役に立てる仕事がしたいと思うようになり政治家を目指すことになった[2]。家族に打ち明けたのは統一地方選挙の告示日の1か月前であり、理解を得るのは大変であったとされる[2]。2003年の大阪府議会議員選挙では僅差で落選したが、2007年の豊中市議会議員選挙で当選。当選後は豊中市の土地開発公社の赤字の隠蔽工作を指摘し、朝日新聞にも掲載されることになった[2]。当選したばかりの新人議員が市の会計処理に口出ししたことになり市や議会からの反感は大変なものがあったが、翌年になって総務省より「出納整理期間を利用した不明瞭な会計処理をしない方針」が通達されることになり、豊中市もその通達に沿った会計処理に是正されることになった[2]。