栗木 (横浜市)
横浜市磯子区の町
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地理
歴史
かつての久良岐郡栗木村であり、1889年(明治22年)に笹下・矢部野・日野・田中・上中里・峯・氷取沢の各村と合併、日下村大字栗木となる。1927年(昭和14年)に横浜市に編入され、磯子区栗木町となった。1970年に、栗木町の一部を含む一帯が洋光台となる。1983年8月8日に住居表示を実施し、栗木町を廃して栗木一〜三丁目が設けられた[6]。
磯子区では明治後期から第2次世界大戦前まで花の栽培が盛んに行われ、栗木にも昭和10年ごろ〜20年ごろまでカーネーションやテッポウユリ、キクなどの栽培を行う温室があった。すでに温室は姿を消したが、「温室前」のバス停留所に当時をうかがい知ることができる[7]。
地名の「くり」は、古語で物の位置すべきところを指す「座(くら)」が転じたもので、「き」は「城」から転じたものと考えられ、横浜南部の古い広域地名「久良岐(くらき)」の語源になったと考えられている[8][9]。
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、久良岐郡日下村が成立。神奈川県久良岐郡日下村大字栗木となる[10]。
- 1927年(昭和2年)4月1日 - 横浜市に編入。横浜市栗木町となる[10]。
- 1927年(昭和2年)10月1日 - 横浜市の区制施行により、横浜市磯子区栗木町となる[11]。
- 1970年(昭和45年)4月1日 - 住居表示の実施(磯子区洋光台地区)[12]に伴い、栗木町の一部を洋光台四丁目、洋光台五丁目、洋光台六丁目へ編入する[13]。
- 1971年(昭和46年)7月5日 - 住居表示の実施(磯子区森・中原地区)[12]に伴い、上中里町の一部を中原三丁目、中原四丁目へ編入。中原町の一部を編入する[14]。
- 1973年(昭和48年)8月5日 - 土地区画整理事業(左右手)[15]に伴い、栗木町の一部を田中町へ編入する[16]。
- 1978年(昭和53年)7月17日 - 住居表示の実施(磯子区杉田第一次地区)[17]に伴い、栗木町の一部を杉田二丁目、杉田三丁目へ編入する[18]。
- 1983年(昭和58年)8月8日 - 住居表示の実施(磯子区田中・栗木地区)[19]に伴い、上中里町・栗木町・田中町の各一部から、栗木一丁目、栗木二丁目、栗木三丁目を新規設置、栗木町の残部を田中一丁目、田中二丁目、上中里町、氷取沢町、峰町へ編入し、栗木町を廃止する[20]。
町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(各町名ともその一部) |
|---|---|---|
| 栗木一丁目 | 1983年(昭和58年)8月8日 | 上中里町、栗木町、田中町(各一部) |
| 栗木二丁目 | ||
| 栗木三丁目 |
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[27]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 栗木一丁目 | 20〜21番、22番3〜7号 22番13〜26号 25番2〜3・6号 | 横浜市立洋光台第一小学校 | 横浜市立洋光台第一中学校 |
| 1〜19番、22番1・2号 22番8〜12号・27〜36号 23〜24番、25番1・4・5号 25番7号〜34番 | 横浜市立杉田小学校 | 横浜市立浜中学校 | |
| 栗木二丁目 | 全域 | 横浜市立洋光台第二小学校 | |
| 栗木三丁目 | 1〜8番 34番10〜22号 35番 | ||
| 9〜33番 34番25号〜最終号 | 横浜市立さわの里小学校 |
事業所
交通
施設
その他
参考資料
- 『県別マップル 神奈川県広域・詳細道路地図』2006年4刷 昭文社 ISBN 9784398626998
- “横浜市町区域要覧” (PDF). 横浜市市民局 (2016年6月). 2022年9月6日閲覧。
