栗生純夫

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栗生 純夫 (くりう すみお、1904年明治37年)4月20日 - 1961年昭和36年)1月17日)は、日本俳人小林一茶研究家。本名は神林 新治(かんばやし しんじ)。須坂市名誉市民。

長野県上高井郡須坂町(現在の須坂市東横町)の農業・繭糸商の家に生まれる。小諸市出身の臼田亜浪に師事。実作者の立場から小林一茶を研究し、軍隊入営中に『一茶新考』を出版するなど、書物を数多く発表。1946年(昭和21年)、郷里の長野県須坂町で俳誌『科野』(しなの)を創刊し[1]、『信濃毎日新聞』俳壇選者を長く担当するなど、信濃俳壇の中心となって活躍した。一茶研究により日本俳文学会会員に推挙される。1961年死去。享年56。墓所は須坂市の普願寺。

代表句

  • 田植うるは土にすがれるすがたせり
  • しんしんと柱が細る深雪かな 
  • 目指すもの何ならん橇逸り出
  • 稲架解けばすなはち千曲奔騰す
  • 嘆きつつ中洲の雲雀棒立ちに
  • 我にある富と云ふもの冬の桐
  • 母と寝る一夜豊かに虫の声
  • 生垣に身幅をはさむ三十三才
  • 降り出づる泉のほとりすぐに濡れ

著作

脚注

参考文献

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