栗田静枝
From Wikipedia, the free encyclopedia
年譜
- 1954年(昭和29年) - 当時の聖路加国際病院の病院長である橋本寛敏の助言を受け、米国カリフォルニア州にある「へリックメモリアル病院診療記録ライブラリアン学校」に特別学生として留学[2]。同校で、診療録管理について学び、卒業後は実習と他病院の見学を含め、約1年7か月間米国で学ぶ[3][2]。
- 1956年(昭和31年) - 約1年7か月の留学から帰国し、「聖路加国際病院診療記録管理主任」として復職[2]。学びを生かして診療記録管理室を創設し、疾病統計・手術統計作成といった診療情報管理の原点的業務を築く。院内資料として『病歴管理』、『研修医の手引き』の中の「Summary Note について」を執筆することにより、院内での普及と教育の役割を担った[2]。診療記録管理には、医学知識が求められることに対し、当時の職員(一般大学卒)は知識が不十分だったため、1人の新職員に対し、米国カリキュラムを参考にして、聖路加看護大学の講座を聴講させた。これにより、院内研修の第一歩が始まった[4]。
- 1967年(昭和42年) - 診療情報管理実務者の技術向上を目的に、日本病院協会(現日本病院会)に病歴研究会が設置され、栗田は企画・運営を行った[2]。研修会開催、日本病院診療録管理通信教育委員会委員等を務める[2]。
- 1974年(昭和49年) - 9月28日~10月7日の10日間、診療録見学旅行を行い、カルフォルニアのサンノゼ病院、ロサンゼルスのロマリンダ病院、UCLA(University of California Los Angeles)州立の大学病院を訪問[5]。ロマリンダではmedical record administrator を養成する学校も訪問[5]。