栗西清
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栗西 清(くりにし きよし、1896年 <明治29年> 3月30日 - 1970年 <昭和45年> 11月11日)は、日本の経営者。位階は正五位。
東京都出身。1917年に東京高等工業学校応用化学科を卒業し、同年に大日本人造肥料(のちの日産化学工業)に入社。1947年に取締役に就任し、常務、専務、副社長を経て、1957年から1962年までに社長を務めた。
1967年11月に勲三等瑞宝章を受章。
1970年11月11日脳軟化症のために死去[2]。74歳没。死没日付をもって正五位に叙された[3]。
官報昭和45年11月27日本紙第13182号17頁
- 興信データ株式會社『人事興信録 第24版 上』興信データ、1968年。