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桂塩鯛 (4代目)

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4代目 桂 塩鯛(かつら しおだい、1955年2月9日 - )は、上方落語の落語家。本名∶山下 眞史。所属事務所は米朝事務所で、上方落語協会理事。2代目桂ざこば一門の筆頭弟子で、桂塩鯛の当代。出囃子は「鯛や鯛」。

本名山下(やました) 眞史(ただし)
生年月日 (1955-02-09) 1955年2月9日(71歳)
概要 本名, 生年月日 ...
4代目 桂(かつら) 塩鯛(しおだい)
4代目 桂(かつら) 塩鯛(しおだい)
本名 山下(やました) 眞史(ただし)
生年月日 (1955-02-09) 1955年2月9日(71歳)
出身地 日本の旗 日本・京都府京都市
師匠 2代目桂ざこば
弟子 4代目桂米紫
2代目桂鯛蔵
桂小鯛
名跡 1. 桂都丸(とまる)
(1977年 - 2010年)
2. 4代目桂塩鯛
(2010年 - )
出囃子 鯛や鯛
活動期間 1977年 -
活動内容 上方落語
所属 米朝事務所
公式サイト 一笑懸命 桂塩鯛
受賞歴
ABC漫才落語新人コンクール最優秀新人賞(1983年)
文化庁芸術祭賞最優秀賞(1999年)
大阪舞台芸術奨励賞(2003年)
文化庁芸術祭賞優秀賞(2018年)
備考
上方落語協会理事
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来歴

京都府京都市生まれ。京都市立朱雀第七小学校、京都市立朱雀中学校(陸上部)、京都市立堀川高等学校卒業。立命館大学経営学部中退。[要出典]

1977年1月3日に桂朝丸に入門。当初は3代目桂米朝に入門を申し出ているが、住み込み修行中の弟子が多いため断られる。その後、2代目桂枝雀にも申し出たものの、米朝同様弟子がいたため断られている。21歳で入門。朝丸は29歳で年齢は近かった。朝丸は「弟子なんかとられへん」と言って「わしが米朝に頼んでやる」と言って米朝が独演会で疲れていた夜中に米朝宅に頼みに行って頼むと「取り敢えずお前の弟子にしろ。稽古は自分がするから預かってくれ」と言われて朝丸は「それならどうさせてもらいます」と返した[1]。それで朝丸の一番弟子となる。

そして、KBSラジオでパーソナリティーをしていた「桂朝丸のモーニングサークル」の放送終了後に出待ちをし弟子入り志願したが、朝丸が当時29歳と若かったためいったん弟子入りを断られた。しかし「それでも噺家になりたいなら米朝に相談したる」と言われる。2人で大師匠の米朝のいる楽屋に行き、相談の末に「朝丸の弟子やけど稽古はワシが付ける」という条件で弟子となった。朝丸(ざこば)は後に塩鯛襲名の口上の中で「当時米朝は弟子を持つことで朝丸の成長も期待していた。」と述べている。朝丸は初めての弟子ということもあり要領がわからず、最初は朝丸宅近くにアパートを借り通い弟子となった。大阪府茨木市唯敬寺「雀の会」において、『宿屋町』で初舞台を踏む。桂 都丸(かつら とまる)の名は、京都出身であることと、ざこばの当時の名である朝丸からと名付けられた。当時の出囃子は『猫じゃ猫じゃ』。[要出典]

1980年、『仮面ライダー(新)』で矢田勘次/がんがんじい役でレギュラー出演[2]。また、『朝のホットライン』(TBS系)にはリポーターとしても出演した。

1998年より大阪成蹊大学国文学科で非常勤講師も務める。2007年6月石垣島ではじめて独演会(落語会)を開催した[要出典]。

2010年8月6日に、4代目桂塩鯛を襲名した[3][4]。

人物

熱烈な岡村孝子ファン、近鉄ファン(現在はオリックス・バファローズのファン)[要出典]、そして鉄ちゃん(鉄道ファン)[5]。

元は巨人ファンだったが、巨人は子供が応援する球団であることを悟り、近鉄ファンになる[要出典]。

既婚で、子供が2人、孫が2人いる[要出典]。

13kgほど痩せて75.1 kg(2014年1月時点)[要出典]。

持ちネタ

※演題のカギ括弧は省略。

古典

新作

いずれも6代桂文枝作。

  • 鯛
  • 宿題

主な受賞歴

出演番組

テレビ

ラジオ

CD

  • 桂都丸の落語を聞く会 ( - 5集、自費制作盤)

編書

弟子

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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