桑原郡
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歴史
古代
もと囎唹郡の一部であったが、大隅国成立の翌年である和銅7年(714年)に分割されている[1]。近世以降には桑原郡からさらに始羅郡(現・姶良郡)が分割されたとみられる[1]。
近世以降の沿革

- 明治初年時点では全域が薩摩鹿児島藩領であった。「旧高旧領取調帳」に記載されている、同時点での村は以下の通り[注 1]。(25村)
- 踊郷 - 宿窪田村、万膳村、三体堂村、中津川村、上中津川村、持松村(現・霧島市)
- 吉松郷 - 中津川村、般若寺村、川西村、鶴丸村、川添村(現・湧水町)
- 横川郷 - 上之村、下之村、中之村(現・霧島市)
- 栗野郷 - 田尾原村、木場村、恒次村、北方村、米永村、幸田村、稲葉崎村(現・湧水町)
- 日当山郷 - 朝日村、東郷村、西光寺村、嘉例川村(現・霧島市)
- 明治4年7月14日(1871年8月29日) - 廃藩置県により鹿児島県の管轄となる。
- 明治2年(1869年) - 日当山郷が囎唹郡襲山郷に編入。(21村)
- 明治12年(1879年)2月17日
- 明治15年(1882年) - 中津川村(踊郷)が改称して下中津川村となる。
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、各郷に横川村、栗野村、吉松村、牧園村[踊郷]、西襲山村が発足。
- 明治30年(1897年)4月1日 - 郡制の施行のため、「加治木郡役所」の管轄区域をもって改めて姶良郡が発足[2]。同日桑原郡廃止。
