桜井一宏
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生い立ちから修業時代
山口県玖珂郡周東町獺越(現:岩国市周東町獺越)にある酒蔵・旭酒造の三代目蔵元・桜井博志の長男として生まれる。実家は代々続く酒蔵であったが、幼少期は家業を継ぐことを強要されることはなかった[1]。広島学院中学校・高等学校を経て、早稲田大学社会科学部に進学し上京。
2003年3月に大学を卒業後、家業とは無関係の東京のプラスチック成形メーカー「株式会社平和」に入社し、人事業務に従事した[2]。当時は日本酒業界全体が売り上げを落としていた時期であり、家業に対しても「儲からない」というネガティブなイメージを抱いていたが、ある日、東京の居酒屋で自社製品である『獺祭』を客として飲んだ際、その品質の高さに衝撃を受け、父・博志の酒造りに対する情熱と企業の社会的意義を再認識し、家業を継ぐ決意を固める[1]。
海外展開と社長就任
2006年に旭酒造へ入社。製造部門での実地修業を経て、2007年に常務執行役員に就任。2010年には取締役副社長となり、海外マーケティング責任者としてニューヨークへ赴任した[2]。当初は飛び込み営業でも苦戦したが、飲食店でのスタッフ向け勉強会や一般客向けの試飲イベントを地道に繰り返す手法でファンを拡大。ニューヨークの金融層などを中心に口コミを広げ、獺祭を「世界のSAKE」へと押し上げる礎を築いた。
2016年9月、父・博志の会長就任に伴い、第四代代表取締役社長に就任。
ニューヨーク拠点と新ブランド
2023年、ニューヨーク州ハイドパークに醸造所「Dassai Blue Sake Brewery」を設立し、米国現地生産ブランド『DASSAI BLUE』を発表した[3]。現地生産を通じて日本酒の「現地化」と「国際化」を加速させ、世界のアルコール市場における日本酒のシェア拡大を目指している。