3代桜井伊兵衛、なお子の長男[注 1]としてのちの群馬県西群馬郡高崎本町(高崎町を経て現高崎市)に生まれる。絹太織問屋松屋を経営。1881年(明治14年)高崎町会議員に当選。1885年(明治18年)長野堰連合町村会議員を経て、1887年(明治20年)2月、西群馬、片岡両郡の所得税調査委員となった。日本鉄道創立の際にはその発起人に名を連ね、ほか多数の会社重役を歴任した。
1890年(明治23年)6月10日[3][4]、群馬県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[8]から務めたが、在任中に死去した[9]。