北海道生まれ[1]。北海道札幌南高等学校卒業[3]。
高校卒業後東京に出て、アルバイトをしながら専門学校でフランス語を学ぶ。その傍ら独学で小説の勉強を始める。1972年より、日本浪漫派の系譜を引く文芸総合雑誌『浪漫』に文芸評論を行う[1]。
1980年、奈良日日新聞に後醍醐天皇の半生を描いた『南朝記』を丘野哲靖(おかのあきのぶ)名義で連載開始、歴史小説の執筆を始める[1]。歴史上の人物が生きた時代のうねりを描くことを主題とした[3]、長編の歴史小説を手掛ける。
2011年5月7日、肺炎のため静岡県下田市の病院で死去。61歳没[2]。