梅本正倫
From Wikipedia, the free encyclopedia
奈良県吉野郡下市町出身[4]。梅本馨とヒデの息子[4]。旧制奈良県立畝傍中学校、旧制第三高等学校を経て、1926年に京都帝国大学経済学部を卒業[5]。南満州鉄道に入社する[1][4]。東郷採炭所庶務係主任庶務課労務係同人事係主任、古城子採炭所副長等を経て同社参事に任じ撫順炭鉱庶務課長となる[1][2]。
1943年5月、新京に移転し、満鉄調査部から改組された満鉄調査局次長に就任する[6]。
職場近くで妻とねと出会い、結婚する[4]。終戦2年後に日本へと帰還し、妻とねの実家のある福岡で暮らす[4]。1951年、50歳で亡くなる[4]。趣味は読書、ゴルフ[1][2]。宗教は真宗[1][2][3]。