梅沢昌太郎
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東京都出身。1960年、早稲田大学政治経済学部卒業後、協和ガス化学会社セールスマンや、社団法人日本能率協会経営のコンサルタント、社団法人農協流通研究所調査研究部長を経て、高千穂商科大学助教授→教授に就任。その後、1997年から日本大学商学部教授、日本大学大学院商学研究科教授を経て、2008年3月に定年退職。同年4月から2010年3月まで客員教授を務め、2010年4月から2011年7月まで非常勤講師として勤め、2011年度を以って教職を引退した。
1996年に日本大学より博士(農学)の学位を取得(論文博士)。論文の題は「食品コンセプトの多様化と農産物マーケティングの展開 」[1]。 農学研究者でもあり、これまで流通を主に考えてきた農業経済学や農産物流通に、ミクロ的考えを導入した「農業マーケティング」を導入した最初の人物である。(著書『ミクロ農業マーケティング』、『ザ・テキスト 農業マーケティング』にて。)
研究・主張
- 1980年代から生鮮食品の温度帯別流通を主張し、1990年代後半から生鮮食品(perishables)と加工食品(processed food)をさらに細かく分類し、「生鮮的加工食品」(生鮮食品であるが、何らかの加工をされている食品)と「加工的生鮮食品」(加工食品であるが何らかの便益性が付加されている生鮮食品)という用語を作り、提唱している。(『食品のマーケティング』、『ミクロ農業マーケティング』)
- 戦略マーケティングとその具体策であるマーケティング戦略の言葉から、「戦略マーケティング戦略」(=事業戦略を考えるためのマーケティング戦略。)という造語を、著書、執筆論文の中で多数用いている。
- P. コトラーの「デ(ィ)・マーケティング(demarketing)」と意見を少し変えた、「ディスマーケティング(dismarketing)」という造語を用い、「売らないマーケティング」を提唱している。(『ビジネス・モデルの再生―ディスマーケティングを問う―』、『現代商業学』にて。)
- 空想的社会主義(utopian socialism)を肯定的に捉え、「協同組合主義」(cooperatism)を考察し、マネジリアル・マーケティングからディスマーケティングへの変化と、協同組合のビジネス・スタイルを基にした流通業の形態の変化と、流通業へのディスマーケティングの導入を主張している。(『ビジネス・モデルの再生―ディスマーケティングを問う―』、『現代商業学』にて。)
- 農学者として加藤完治を評価している。(『ビジネス・モデルの再生―ディスマーケティングを問う―』にて。)
専攻分野
- 商学
- 商業政策
- マーケティング
- 農業マーケティング
- 公共・非営利事業のマーケティング - ソーシャル・マーケティング
- アグロ・フード・マーケティング