1941年(昭和16年)に二世梅若万三郎の長男として生まれる[3]。父に師事[3]。1944年(昭和19年)に「老松」の仕舞で初舞台、1948年(昭和23年)に「合浦」で初シテ[4]。三老女(姨捨・檜垣・関寺小町)完演など多くの舞台に出演、能楽界の第一線で活躍するとともに、1967年(昭和42年)の第一回「日本能楽団」(団長二世梅若万三郎)欧州公演に参加、1989年(平成元年)のベルギーにおけるユーロパリア日本祭や1991年(平成3年)の英国でのジャパン・フェスティバルで公演、1999年(平成11年)から2000年(平成12年)に開催されたドイツでの「ドイツにおける日本年」では1年を通して様々な能を紹介する[3][4]。1997年(平成9年)の二世梅若万三郎七回忌追善能大阪公演『卒都婆小町 一度之次第』で3度目の大阪文化祭本賞を受賞[4]。2001年(平成13年)に三世梅若万三郎を襲名[3][5]。2016年(平成28年)に橘香会での能「朝長」における演技で、平成28年度文化庁芸術祭大賞を受賞[3]。梅若紀長は長男、梅若久紀は次男で、共に能楽師である。