梅錦之丞 From Wikipedia, the free encyclopedia 梅 錦之丞(うめ きんのじょう、1858年(安政5年4月) - 1886年4月8日)は、明治初期の日本の医学者、専門は眼科[1]。それまで代々ドイツ人が務めていた東京大学医学部眼科学教授のポストに、日本人として初めて就任した[2]。 梅錦之丞 経歴 出雲出身[1]。父親は松江藩の藩医であった。後に法政大学の創立に関わる法学者の梅謙次郎は弟である[3]。 東京大学医学部を卒業し、1879年11月に留学生としてドイツへ派遣され[4]、1883年に帰国して東京大学の眼科学教授となったが、病を得て1885年12月に退任し、翌年没した[2]。(ただし、病院経営のため退職したとする同時代の記事もある[3]。) 出典・脚注 [1]デジタル版 日本人名大辞典+Plus『梅錦之丞』 - コトバンク [2]“教室沿革”. 東京大学医学部眼科学教室. 2013年10月25日閲覧。 [3]岡孝「明治民法と梅謙次郎」『法学志林』、法学志林協会(法政大学)、1991年、3-47頁、2022年3月25日閲覧。 [4]“東京大学医学部の歩み 1878-1911”. 東京大学医学図書館. 2013年10月25日閲覧。 関連文献 東京大学医学部眼科学教室百年史(本編)、東京大学医学部眼科学教室創立百周年記念事業準備委員会、1989年 外部リンク デジタル版 日本人名大辞典+Plus『梅錦之丞』 - コトバンク Related Articles