梶井健一

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梶井 健一(かじい けんいち、1916年大正5年)3月1日 - 2011年平成23年)7月16日 )は、日本の実業家名古屋鉄道の元社長。梶井剛の長男。位階正四位

東京都出身[1]武蔵高等学校を経て[2]1940年昭和15年)に東京帝国大学経済学部卒業とともに日本銀行に入行。短期現役海軍主計科士官(5期)を志願し、同年9月に海軍経理学校に入学し海軍主計中尉に任官。1941年(昭和16年)1月に経理学校を卒業。衣笠に配属され、以後、厦門警備隊勤務、岩国海軍航空隊副官兼海兵教官を歴任。1942年(昭和17年)5月、主計大尉に昇進[2]出水海軍航空隊主計長、兼国分海軍航空隊主計長、光州海軍航空隊主計長を務め、1945年(昭和20年)4月、光海軍工廠会計部に転任し、同年5月、主計少佐に進み終戦を迎えた[2]

その後、日銀に復帰し、仙台支店長、新潟支店長[3]を経て、1967年から考査局長に就任[1]1970年(昭和45年)には土川元夫の誘いを受けて、名古屋鉄道へ転職し、同年5月から副社長に就任[1]1982年(昭和57年)6月には社長に就任し、1988年6月に副会長を経て、1991年(平成3年)12月から竹田弘太郎の死去に伴い空席になっていた会長に就任した[1]

その一方で、1985年から名鉄百貨店会長に就任[1]。中部開発センター会長、中部経済連合会副会長、日本民営鉄道協会副会長[4]を歴任。

1982年4月に藍綬褒章を受章し、1987年4月に勲二等旭日重光章を受章[1]

2011年(平成23年)7月16日に肺炎のために死去。享年95歳[5]。死没日付をもって正四位に叙された[6]

家族

脚注

参考文献

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