満州事変以降の軍事特需の追い風を受け、電気化学工業を中心として形成。最盛期(昭和16年頃)には、直系14社、傍系6社を擁する化学工業系大コンツェルンに成長していった。当時の日本ではまだ工業化されるに至らなかった硫安やアルミニウムなどの事業を先駆けて興し、これらを国産技術で作ることに成功している。森矗昶が、味の素の創始者鈴木三郎助(二代目)の起こした電力・化学会社に招かれた事から、戦前は味の素グループとも関わりがあった。また、安田善次郎が創始した安田財閥や川崎八右衛門が創始した川崎財閥などとも金融的に密接な繋がりを持っていた。
戦後の財閥解体で解散。系列企業のうち、昭和電工や日本冶金工業などが存続している。