伯耆国東伯郡上浅津村(その後鳥取県東伯郡浅津村大字上浅津を経て、現湯梨浜町上浅津)生まれ。明治元年、僧侶であった父とともに兵庫県宍粟郡西山村の教福寺に移住した。父が亡くなって以降も西山村(のちに千種町となり、現在では宍粟市の一部)に居住していた[1][4]。生涯独身であった[5]。
1967年9月[6]役所が古い戸籍の整理を進めていたところ、戸籍の間違いが発覚したとして、1968年3月に明治6年(1873年)生まれから嘉永6年(1853年)生まれと訂正された[1][4]。
1969年5月5日、116歳329日だった中村重兵衛(中村の記録もまたGRGには認定されていない)の死去に伴い、115歳8か月で長寿日本一となったとされた。1970年6月7日に死去。1853年生まれであれば、116歳296日没であった。