森岡敞 From Wikipedia, the free encyclopedia 森岡 敞(もりおか たかし、1926年頃 - 1981年5月8日)は自治官僚。大阪府大阪市出身。義兄は首藤堯[1]。 1948年に東京大学法学部を卒業し、自治省の前身である全国選挙管理委員会に入る[2]。 財政、税務畑が長く、市町村税課長、固定資産税課長、府県税課長、財政課長、財政担当審議官、税務局長、財政局長を経て、1979年10月に自治事務次官となる[2][3]。 自治事務次官在任中の1981年5月に小脳膿瘍で急死した[4]。享年55歳[5]。 浪花節的な人情家の親分タイプで先輩への義理は厚く、部下思いであったことから、自治省内で慕う者が多かった[6]。ただ、3代前の次官であった松浦功とはソリが合わなかった[1]。 脚注 1 2 神一行 1990, p. 183. 1 2 “ひと 「地方の時代」の推進役・自治事務次官になった 森岡 敞”. 朝日新聞. (1979年10月18日) ↑ 伊地知重孝 1978, p. 84. ↑ “訃報 森岡敞”. 朝日新聞. (1981年5月9日) ↑ 「自治研修 (253)」国立国会図書館デジタルコレクション ↑ 神一行 1990, p. 182. 参考文献 伊地知重孝『自治省残酷物語』エール出版社、1978年。 神一行『自治官僚』講談社文庫、1990年。ISBN 9784061846876。 Related Articles