Wikiwand AI

森村國夫

日本の経営者 From Wikipedia, the free encyclopedia

森村 國夫(もりむら くにお、1919年〈大正8年〉2月16日[1][2] - 2010年〈平成22年〉11月15日[2])は、日本の経営者。エバラ食品工業の創業者。

生涯

群馬県[3]佐波郡剛志村上武士(現・伊勢崎市境上武士)出身[1]。織物業に従事する森村和一郎・志づの第5子(末子)として生まれる[1]。幼少期に父の事業が倒産したことから、境町の借家に引っ越して境町尋常小学校に学んだ[4]。のちに清水建設社長を務める吉野照蔵は小学校の同級であった[5]。

1933年に上京し、兄の経営するソース製造販売事業に従事しながら町田報徳学舎の夜学で学ぶ[6]。1940年に第14師団に入営し、独立歩兵第1連隊に配属され満洲に派遣された[7]。1943年に除隊[8]。

終戦直後には代用醤油の製造を手がけたこともあった[9]。1947年にソース製造販売を再開し、平塚橋に工場を建設して荏原食品を名乗った[10]。荏原食品は関東農産加工株式会社を経てキンケイ食品工業と改称し、1958年には子会社として荏原食品株式会社(現・エバラ食品工業)を設立し田中忠一郎を社長に据えた[11]。キンケイ食品工業は次兄・武次郎が経営をしており、国夫は専務を務めていたが、1965年に荏原食品の経営を国夫が田中から引き継ぐこととなった[12]。

1965年荏原食品は従業員10名足らずの小さな町工場であったが、インスタントラーメンのスープ製造に乗り出して売上げを伸ばし、1967年にエバラ食品工業に社名を改めた[13]。1963年に焼肉のたれを発売して全国に販路を展開し、業界トップシェアを誇る企業に成長させた[14]。

1995年6月に会長に就任[3]。

2010年11月15日、誤嚥性肺炎のために死去[15]。87歳没。

脚注

参考文献

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks