植田いつ子
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玉名市河崎の商家で、6人兄弟の5番目に生まれる。父親が自転車店を営むため玉名駅前に転居[2]。
玉名町弥富小学校、高瀬高等女学校を経て、当時唯一学徒動員がなかった熊本県女子師範学校に進学、卒業後に上京[2]。
桑沢デザイン研究所で桑沢洋子に師事。同時に文化学院デザイン科に通うかたわら絵画研究所で学ぶ。桑沢にデザイナーになることを勧められ[2]、1952年に銀座の高級店「銀座ビジョン」「銀座レインボー」に勤務、チーフデザイナーのジョージ岡に学ぶ[3]。
久我アキラのアシスタント[4]を経て1956年独立「植田いつ子アトリエ」を開設。1964年ファッションショーを開催。1975年パリでファッションショーを開く。
1976年に皇太子妃(当時)美智子のデザイナーを拝命し2012年まで務める[5]。
1986年ホテルオークラでデザイン活動30周年、1996年サントリーホールで40周年の記念ファッションショーを行った際には、共に皇后・美智子が臨席した[6]。
作家の向田邦子とは親しく付き合い、数多くの服を仕立てた[7]。向田が直木賞受賞パーティーの時には、植田がデザインした衣装を着用している[8]。
オートクチュール・プレタポルテ・ジュエリー(ミキモト[9])・舞台衣装[10]と様々なジャンルの服飾デザインで活躍した。
2013年2月、アトリエ閉鎖[11]。ドレス作品やデッサンなど多数を玉名市[2][12]と桑沢デザイン研究所[13]に寄贈。
2014年6月3日、心不全のため、東京都内で死去。85歳没[14]。入院中には皇后・美智子から数回コンソメスープの差し入れがあり、7月15日に東京都内で開かれた「お別れの会」には、皇后・美智子も植田がデザインしたブラウスジャケット姿で出席、献花をした[15][16]。
受賞歴
- 1975年 日本ファッションエディターズクラブ賞(FEC賞)
- 1997年 桑沢特別賞[17]
- 2003年 熊本県近代文化功労者(第56回)[18]
- 2015年 玉名市名誉市民