楊再興
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幼いころに父をなくしてしまうが、武術に優れていた。初めは道州の盗賊の曹成の部下であった。紹興2年(1132年)には、曹成を鎮圧にやってきた上梧関に岳飛の部将の韓順夫と岳飛の弟の岳翻を討ち取るという活躍をしている。だが、最終的には岳飛に降る。このとき、岳飛は楊再興を殺さず、以後は国に尽くせと命じたので、楊再興は岳家軍の武将となる。
紹興10年(1140年)、楊再興は300騎を率いて移動中、小商橋(現在の河南省漯河市臨潁県)で12万の金軍と遭遇してしまう。衆寡敵せず、楊再興らの部隊は全滅してしまうが、楊再興らは2千もの金兵を殺害。最終的に楊再興自身は、大量の矢を浴びせられて、壮絶な戦死を遂げた。そのため、楊再興の遺体を火葬にした際、2升もの鏃が出てきたという。