京都市生まれ。父は槌田龍太郎、兄は槌田敦。1958年 京都大学理学部化学科卒業。1963年アメリカピッツバーグ大学留学。1967年京都大学工学部助教授。
1973年伊方原発訴訟に住民側証人として参加。炉心担当。1978年松山地方裁判所での敗訴後、科学技術そのものの社会でのあり方に疑問を持ち、1979年京都大学を辞職。1979年京都精華大学開学時に精華大教員に(美術学部)。
1973年使い捨て時代を考える会、1975年安全農産供給センターを設立[2]。有機農業運動及び環境運動に深く関わる。日本有機農業研究会幹事など歴任。