樋口晶之

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 (1954-02-24) 1954年2月24日
死没 (2017-07-03) 2017年7月3日(63歳没)
ジャンル ロック
樋口 晶之
生誕 (1954-02-24) 1954年2月24日
出身地 日本の旗 日本愛知県名古屋市
死没 (2017-07-03) 2017年7月3日(63歳没)
ジャンル ロック
職業 ドラマー
担当楽器 ドラムス
活動期間 1970年 - 2017年
共同作業者 クリエイション竜童組
公式サイト 樋口晶之オフィシャル

樋口 晶之(ひぐち まさゆき、1954年2月24日 - 2017年7月3日[1])は、愛知県名古屋市出身のドラマー

15歳の頃よりプロとして活動を始め、70年よりブルース・クリエイション、クリエイションで約10年間活動、フェリックス・パパラルディらとワールドツアーを行う。クリエイション脱退後フリーランスで、カルメン・マキ&OZでコンビだった鳴瀬喜博とChaos、土岐英史&Rio Son、宇崎竜童竜童組など数多くのバンドに参加するかたわらジョー山中時任三郎萩原健一柳葉敏郎井上堯之などのサポートを務める。後に包国充[2]らとBEATNUTS[3]夏木マリらとGIBIER du MARIを結成[4]。メンバーたちとのセッション・ワークのほかザ・ゴールデン・カップスやジョー山中のサポートなどで活動。音楽の専門学校アン・ミュージック・スクール」で講師を務めた。2003年、ザ・ゴールデン・カップスの再結成ライブに参加[5]以降も[6]ボーカルに専念しているマモル・マヌーに代わりサポートとしてドラムスを担当。2017年7月3日に死去。63歳没[1]。肺がんを患っていた。

来歴

GIBIER du MARI

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI