標茶町立病院
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1946年、標茶村は軍馬の厩舎だった建物を改築し、保健所を開設した。1948年には国民健康保険組合が直営の診療所建設を議会で決めたが、財政が窮迫している最中でもあり、保健所の中に仮診療室を設けて対応することになった。1949年4月には歯科医院だった建物を買収して改築する形で、正式な診療所が開設された。
1956年2月4日、火災があった。建物外で凍結した土管を暖めるために使っていたストーブの火が原因で、当時増築工事が進められていた病棟は、廊下の一部を除いて焼失した。54名の入院患者がいたが、分散して避難させたため、負傷者はいなかった。しかし医療器具の被害は大きく、固定設備はほとんどが使用不能となった。火災後、入院患者は一部を釧路市立病院に搬送、外来患者は公民館や商店の2階、病棟の焼け残った部分に分かれて診療にあたることになった[1]。
歴代院長
出典[2]
| 初代 | 九里正一(昭和24年4月 −昭和25年4月) |
| 2代 | 森敬(昭和25年4月−昭和26年9月) |
| 3代 | 青山東一(昭和26年10月−昭和28年4月) |
| 4代 | 佐々木馨(昭和28年4月−昭和31年9月) |
| 5代 | 遠藤一郎(昭和31年10月−昭和36年12月) |
| 6代 | 真口孝順(昭和37年1月−昭和39年9月) |
| 7代 | 倉島和雄(昭和39年10月−平成9年3月) |
| 8代 | 齋藤國雄(平成9年4月−平成26年3月) |
| 9代 | 佐藤泰男(平成26年4月−現在) |
診療科
医療機関の指定・認定
出典[2]
| 保険医療機関 | 療養取扱機関 |
| 結核予防法指定医療機関 | 生活保護法指定医療機関 |
| 労災保険指定医療機関 | 原爆被爆者指定医療機関 |
| 救急指定医療機関 | 発熱者等診療・検査医療機関 |