横井藤四郎
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若狭国遠敷郡国分村[3](福井県遠敷郡遠敷村[4]を経て現小浜市[4]国分)で、清水幸助の二男として生まれる[3][4]。1892年(明治25年)9月、遠敷郡三宅村[3][4](上中町[4]を経て現三方上中郡若狭町[3])の仮屋[3]、横井惣右衛門[4][注釈 1]の婿養子となる[3]。漢学、数学、英学などを学び、日清戦争、日露戦争に従軍した[3][4]。
共立物産 (株) 支配人となり、同社取締役、沖台拓殖製糖取締役、中立砂糖 (株) 監査役、ユニオン硝子専務取締役、江若鉄道取締役などを務めた[2][3][4][5]。
1912年(明治45年)5月の第11回衆議院議員総選挙で福井県郡部から無所属で立候補したが落選[4][6]。その後、1917年(大正6年)4月の第13回総選挙に福井県郡部から無所属で出馬して当選し[7]、正交倶楽部に所属して[2][4]衆議院議員に1期在任した[2]。