横山宗一
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1938年旧制東京商科大学(現・一橋大学)卒業。同期に三洋証券社長の土屋陽三郎、新日本証券社長の鷹尾寛、三井不動産社長の坪井東、鹿島建設副会長の原明太郎、マツダ会長の岩沢正二、丸井今井社長の今井道雄、日東製網社長の小林政夫、一橋大学学長の小泉明らがおり、同窓会[4]を結成している。
1938年に東京銀行の前身である横浜正金銀行に入行。ハノイ、サイゴンなどインドシナに派遣され、1946年に帰国するまでは生死の境をさまよったこともあるという[5]。
外国部次長、人事部次長、総務室長、為替部長、ニューヨーク支店長を歴任[3]。
1963年取締役選任。ニューヨーク支店長委嘱、欧州駐在委嘱、常務、専務、副頭取を経て、1973年頭取に就いた[3]。
頭取として、日系企業の海外進出の支援や国外でのシンジケート・ローン等に力を入れ、1976年にはシンマーマン・アルゼンチン中央銀行副総裁との間で、アルゼンチンに対する7500万ドルのシンジケート・ローンの契約を締結[6]。1968年に大蔵省を退官した柏木雄介を副頭取として招いた[7]。1977年会長に退く。後任頭取は柏木[8]。1982年に相談役となった[9]。
略歴
- 1938年 旧制東京商科大学(現・一橋大学)卒業
- 1973年 東京銀行 頭取
- 1977年 東京銀行 会長
- 1982年 東京銀行 相談役
- 1985年 死去