横浜英国領事裁判所
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横浜英国領事裁判所の設立
1871年、ニコラス・ハンネンを判事補代理として上海より派遣し、横浜に上海の高等裁判所の支部が設立された。1872年にはこの制度は変更された[2]。上海から派遣される判事は横浜に滞在したが、その身分は神奈川領事館の判事としてであった。1877と1878年には、判事代理であったハイラム・ショウ・ウィルキンソンが、医療用アヘンの輸入を適法であると判断したことをきっかけに、 日本政府がこの制度の正当性に対して挑戦してきた[3]。このため、英国政府は横浜に正式な領事裁判所を設立することとした。
1879年1月1日、横浜英国領事裁判所が設立された。裁判所は神奈川領事館の訴訟を担当する一次裁判所としての他、他の領事館が担当した領事裁判の2次裁判所としての役割もになった。横浜領事裁判所からの控訴は上海の高等領事裁判所が担当した[4]。
建物
裁判所自身は、横浜の領事館に併設された。1923年の関東大震災で、この建物は破壊されてしまった。領事館が存在する他の都市における巡回領事裁判も、概ねは英国領事館において開催されたが、非常に重要な裁判や公衆の注目を浴びるような裁判は、他の建物を利用して開廷されることもあった。