橋口浩二
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人物
- 学生時代にバンド活動をしていた[1][2]。
- 高知競馬の発走ファンファーレを手掛けた[7][8]。
- 2003年、当時初出走から連敗中だったハルウララの連敗に気づき高知新聞に教えたのが橋口であり、のちに全国的なハルウララブームへと繋がっている[9]。
- 2010年11月7日の高知第7競走で、個人協賛レースとして「ファン一同協賛 橋口アナ誕生日特別」が施行された[10][11]。橋口はこのレースの実況及び協賛メッセージ読み上げを行い、応答として「本来、私は裏方の立場です。落ち着かない心地もあるんですが…あ、応援幕もありがとうございます。[12]全国の皆さんと声と言葉を使っての新しいコミュニケーションが取れる環境をとてもありがたく感じています。休日や夜間のふとした時間に「ああ、今日は夜さ恋ナイターだ」と楽しんで頂けますよう、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」と、感謝の意を表した。