橋本忠司 From Wikipedia, the free encyclopedia 橋本 忠司(はしもと ちゅうじ、1898年3月9日 - 1985年9月12日)は、日本の経営者。蝶理社長、会長を務めた[1]。大阪府出身[1]。位階は従四位。 1919年に神戸高等商業学校を卒業[1]。三井物産、東洋曹達工業での勤務を経て、1951年に互洋貿易社長に就任し、1960年1月には蝶理社長に就任[1]。1970年5月に会長に就任し、1978年6月に相談役を経て、1980年6月には顧問に就任[1]。 1970年4月に勲三等旭日中綬章を受章[1]。 1985年9月12日心不全のために死去[2]。87歳没。死没日付をもって従四位に叙された[3]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 人事興信所 1985, は40頁. ↑ 1985年 9月13日 日本経済新聞 朝刊 p31 ↑ 昭和60年 1985年10月9日付 官報 本紙 第17600号 10頁 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第33版 下』人事興信所、1985年。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 先代大橋理一郎 蝶理社長1960年 - 1970年 次代大橋秀一郎 Related Articles