橋本英二
日本の実業家
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来歴
熊本県球磨郡錦町西指杉出身[2][3]。実家は農家で[4]、小売業を営んでいたが貧しく、中学にあがるまで靴を履いたことがない生活であった[5]。 錦町立錦中学校[2]、熊本県立人吉高等学校[6]、一橋大学商学部卒業[7]。経営史米川伸一ゼミ出身[4]。
大学在学中は小平市の一橋寮や国立市の中和寮に住み[4]、第8回一橋祭で運営委員会委員長も務めた[8][9]。同期委員にテレビプロデューサー土屋敏男や肥塚見春元髙島屋代表取締役などがいる[10]。
大学4年次には70日間東南アジアやインドへの一人旅をしていたため就職活動に出遅れ、指導教官の助言を得て先輩のつてで総合商社から内定を得たが、君津製鐵所に感銘を受け[4][11]、1979年新日本製鐵入社し[12]、釜石製鉄所に配属。4年間現場で労務管理を担当したのち、人事課長へ直談判して営業に移りトヨタ自動車などを担当した[11]。
1988年ハーバード大学ケネディ行政大学院を卒業して公共政策修士(専門職)取得[7][13][14]。直言型性格から上司と対立し、当時傍流の海外営業勤務となり[4][15]、2年間のブラジル駐在も経験した[4]。
初任地の釜石市や、2年間のアメリカ留学、ブラジル駐在の2年以外は東京で勤務し[4]、輸出部長等を経て[11]、2009年 新日本製鐵執行役員厚板事業部長、建材事業部長、2013年 新日鐵住金常務執行役員、2015年 常務執行役員グローバル事業推進本部副本部長、グローバル事業推進本部ウジミナスプロジェクトリーダー、2016年 代表取締役副社長グローバル事業推進本部長[16]、2019年 代表取締役社長[17]、2024年 代表取締役会長CEO[18]。社長就任から約3年で、国内製鉄事業が4期連続赤字から回復した[19]。
2020年 日本鉄鋼連盟会長[20]、2021年 日本経済団体連合会副会長[21]、2023年 国土交通省交通政策審議会会長[22]。2025年 日本経済団体連合会審議員会副議長[23]、商船三井取締役[24]。趣味は映画鑑賞[25]。