橋林寺
群馬県前橋市にある曹洞宗の寺院
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歴史
文明7年(1475年)、厩橋城主の長尾左衛門尉景信が金井曲輪に創建したとされる[2][3]。文明9年(1477年)、沼田迦葉山竜華院の玉岑和尚を招いて開山とした[1][4][5]。
当初、高竹院または本橋院といったが、天正13年(1585年)に橋林寺と改められた[1][4][5]。その後、天正年間に広小路へと移転した[要出典]。
慶安3年(1650年)2月、現在の場所へと移転した[6][2]。
天明5年(1785年)7月、火事によって、伽藍・什宝が全焼した[1]。嘉永6年(1853年)には、雷によって焼失した[7]。
1932年(昭和7年)、納骨堂(現在の開山堂)が竣工した[8][3]。
1945年(昭和20年)8月5日、前橋空襲で本堂や庫裡などを焼失した[3]。死体収容所として、庭で火葬が行われた[9]。
2024年(令和6年)7月、遺骨安置所を建立した。2025年(令和7年)、開創550年を迎えた。
建造物

開山堂
1932年(昭和7年)、鉄筋コンクリート技術の先駆者とされる中村鎮の設計、小林工業の施工で竣工した。鉄筋コンクリートブロック造、2階建、入母屋造、桟瓦葺[3]。
納骨堂として建築されたが、元の本堂が1945年(昭和20年)の前橋空襲で焼失したため、この建物が本堂に改築された[8]。後に本堂から開山堂に転換された。
2024年(令和6年)7月には遺骨安置所を設置した。
観音堂
厨子に秘仏が安置されていて、この秘仏は子育て観音として知られる。秘仏を開くと火難があるといわれており、御開帳は60年に一度[10]。
鐘楼
1955年(昭和30年)に建立。梵鐘は1895年(明治28年)に山岸九郎兵衛によって鋳造された。鐘身長88cm、口径69cm、重量推定370kg[11]。太平洋戦争時に供出されたが、終戦後に八王子の森田鉄工所で発見されて橋林寺に戻された[12]。
- 鐘楼
- 梵鐘
- 山門