橋津村
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歴史
- 1884年(明治17年)8月1日、橋津郵便局(5等)開設[2][3]。1897年(明治30年)3月26日、橋津郵便電信局(3等)となり電報取扱を開始[2][3]。1903年(明治36年)4月1日、橋津郵便局(3等)となり[3]、1921年(大正10年)電話通話開始[2]。
- 1889年(明治22年)10月1日、町村制の施行により、河村郡上橋津村、橋津村、宇野村、赤池村が合併して村制施行し、橋津村が発足[1][2]。旧村名を継承した上橋津、橋津、宇野、赤池の4大字を編成[2]。
- 1891年(明治24年)10月23日、大字宇野が分立し宇野村が発足[1][2]。3大字となる[2]。
- 1896年(明治29年)4月1日、郡の統合により東伯郡に所属[2]。
- 1905年(明治38年)橋津大火で民家63戸、浜倉8棟が焼失[2]。
- 1953年(昭和28年)4月1日、東伯郡長瀬村、浅津村、宇野村と合併し、町制施行し羽合町を新設して廃止された[1][2]。合併後、羽合町大字上橋津・橋津・赤池となる[2]。