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橋田正人

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出生名 はしだ まさひと
橋田 正人
別名 Pecker
Masahito "Pecker" Hashida
橋田 "ペッカー" 正人
生誕 (1950-08-13) 1950年8月13日(75歳)
はしだ まさひと
橋田 正人
出生名 はしだ まさひと
橋田 正人
別名 Pecker
Masahito "Pecker" Hashida
橋田 "ペッカー" 正人
生誕 (1950-08-13) 1950年8月13日(75歳)
出身地 日本の旗 日本・高知県四万十市
ジャンル
職業
活動期間 1970年 -
共同作業者 オルケスタ・デル・ソル
公式サイト Masahito "Pecker" Hashida Official Site

橋田 正人(はしだ まさひと)は日本のパーカッション奏者[1]、音楽プロデューサー[2]、ドラムサークル・ファシリテーター。

日本で最初の本格的なサルサ・バンドとされるオルケスタ・デル・ソルの創始者。

1970年代以降、ペッカーの通称で多数のレコーディングに参加し、後には橋田"ペッカー"正人[1]、ペッカー橋田などと名乗って活動している[3]。

1970年、プロのミュージシャンとしての活動を始める[2]。

1977年にアメリカ合衆国へ渡り、ブラックミュージック、ラテン音楽系のミュージシャンたちとセッションを重ねる[1]。

1978年、日本で最初の本格的なサルサ・バンドとされるオルケスタ・デル・ソルを結成し、1981年には最初のレコード『レインボー・ラヴ』を発表した[4]。

1980年には、ジャマイカでソロ・アルバムをレコーディングし[1]、『ペッカー・パワー』と題してリリースした[5]。また、10インチ・レコードの企画盤『インスタント・ラスタ』を発表した[5][6]。

活動開始以来、松任谷由実、松田聖子など多数のレコーディングにスタジオ・ミュージシャンとして参加し、総数は25,000曲以上に達する[1][2]。他方では、テレビCMのナレーションも数多く手がけている[1][2]。

2000年頃からドラムサークルの普及に取り組み、2004年にはドラムサークルファシリテーター協会(DCFA)を設立して、初代理事長となった[1][2][7]。2020年、同協会は一般社団法人となり、2022年に名誉会長及びオフィシャルアドバイザーに就任。

2011年、東日本大震災の被災地支援を目的として、特定非営利活動法人楽器で笑顔基金を設立し、理事長となる[2][8]。

著書

脚注

外部リンク

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