嘉祥3年(850年)文徳天皇の即位に伴い従五位下に叙爵。斉衡3年(856年)左兵庫頭に任ぜられる。
文徳朝末の天安元年(857年)侍従に任ぜられると、文徳天皇の崩御を挟んで一時侍従を辞任するが、清和朝に入った天安2年(859年)に再び侍従に任ぜられ、貞観9年(867年)に相模権介として地方官に転じるまでこれを務める。貞観11年(869年)従五位上。
清和朝末に治部大輔として京官に復すると、陽成朝から光孝朝にかけてこれを務め、この間の元慶7年(883年)正五位下に昇叙される。仁和3年(887年)越中守に任ぜられ、再び地方官に転じた。