櫻井武雄 (男爵)
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東京府で化学者・櫻井錠二の三男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1939年(昭和14年)3月15日に男爵を襲爵した[1][4]。
1910年(明治43年)11月24日、海軍機関学校(19期[5])を卒業し[6]、1911年(明治44年)12月1日、海軍機関少尉に任官した[2][6]。肥前分隊長、横須賀海兵団分隊長、海軍機関学校教官、海軍砲術学校教官、八雲機関長、衣笠機関長などを歴任[2]。海軍大佐に進み、1932年(昭和7年)予備役に編入された[2][3]。
1944年(昭和19年)3月30日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[2]、公正会に所属して活動し、1946年(昭和21年)3月4日に辞職した[2][7]。その他、三菱石油川崎製油所機械課長、理研工業顧問、帝国光学工業相談役、中央理化工業相談役、高津航空工業専務などを務めた[2][3]。1972年死去。死没日付をもって勲六等瑞宝章を追贈された[8]。