二代目歌川豊国の門人。本姓は福田、前名嵐冠之助。俗称具足屋佐兵衛。玉陽斎、山風亭と号す。もとは歌舞伎役者で初代嵐冠十郎の長男。子役の頃より舞台に立ち、文政7年(1824年)11月に江戸市村座で二代目嵐徳三郎を襲名する。文政2年(1819年)に二代目豊国の門人となる(文政8年とも)。文政10年(1827年)の夏までは役者番付に名が見られるが、その後病弱により役者を廃業し、文政11年の春から絵師として画業に専念した。絵は歌川国芳風の役者絵を天保の頃まで描く。また人形町で書肆具足屋を開いた。享年37。墓所は東京都港区三田三丁目の蓮乗寺、法名は聞妙院歌声日慶信士。