1630年(寛永7年)、福岡藩の藩主黒田忠之の開基である[1]。
当院の本尊は薬師如来である。恵心僧都源信の作と伝えられており、一条天皇誕生の祈願仏といわれている。江戸時代は「子安薬師」と呼ばれ、信仰を集めていた[1]。
1945年(昭和20年)の空襲で伽藍をすべて焼失してしまった。しかも当時の住職は前年の1944年(昭和19年)に寂していたため、再建のリーダーシップをとる者がおらず、戦後10年間は無住(住職不在)の廃寺状態が続いてきた。住職着任後も瓦礫の後始末に追われ、再建事業が完了したのは戦後35年が経過した1980年(昭和55年)のことであった[2]。