東京都出身。正宗得三郎の長男として生まれ、父が美術教師をしていた成城学園に進学、小原國芳から教え子の中で最も優れた俊才の一人と言われた[2]
1933年に東京帝国大学経済学部経済学科を卒業し、同年に日本興業銀行に入行した。日本開発銀行への出向を経て、1957年5月に取締役に就任し、常務を経て、1964年11月に副頭取に就任し、1968年5月には頭取に昇格した。1975年5月に会長に就任し、1984年6月に取締役相談役を経て、1985年6月から相談役を務めた。日本たばこ産業相談役、日本生命保険取締役なども歴任。
1999年9月28日、肺炎のために死去[3]。87歳没。墓所は多磨霊園(23-1-10-1)。