正教の離散
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正教会は、旧大陸では一カ国に一つの教会組織を具えることが原則である(ロシア正教会、ブルガリア正教会、ギリシャ正教会など)が、アメリカ大陸など移民の国々では、移民たちがそれぞれの母国の正教会に連なる教会を立てるケースが多発し、この原則が成り立っていない。
ロシア革命以後、アメリカ合衆国やカナダ、メキシコなどの米州には民族別に教区・教会組織が分離形成されてきた結果、21世紀初頭現在、上記原則(一カ国に一つの教会組織)の例外が際立つ地域の一つとなっている。ロシア正教会が基となったアメリカ正教会が1970年に独立正教会となった後も、在外ロシア正教会のアメリカ東部メトロポリア、またはアメリカ西部メトロポリアに留まっている教区もあり、またこれらよりも信徒規模の大きなギリシャ系移民で主に構成される在米国ギリシャ正教会や、中東系移民に基盤のあるアンティオキア総主教庁系の教区なども存在している。このような民族別教区が分離された状態のまま設立されている現状は「正教の離散問題」とも呼ばれる[1]。
1960年、米国においてこうした分離状態にある相互の教区同士で、正教会としての一致を図ることを目的として、米州カノン的合法正教会常設主教会議が設立され、各教会・教区の主教が定期的に会合を持った[2][信頼性要検証][3]。同会議は、北中米カノン的合法正教会主教会議に承継された。
しかし、アメリカ正教会には最近はアルバニア、ブルガリア、ルーマニア正教会系の大教区ができているので、離散問題も徐々に解決の方向へ行くという見方もできる。