第二次世界大戦後、戦争で荒廃した東京の緑を復活させることを目的として、1949年(昭和24年)頃から苗木の育成が始まり、東京都直営の苗圃(びょうほ)として整備された[2]。
園の南部を東八道路に面しており、園北部を野川が西から東に流れる。野川沿いに東へ細い市道を越えると東京都立野川公園である。
園東部に駐車場、噴水、中心部に苗園を備える。中央部の野川南側の雑木林内にバーベキュー場がある。園西部に小高い「くじら山」という丘があり、これは、園西部に隣接する小金井市立南小学校を作ったときに出た土砂を積み上げてできたものである。
スズメバチの集まりやすい樹液を出している広葉樹は積極的に伐採撤去されている。
入り口付近の噴水
(2004年)
公園の航空写真。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成 (2004年)
武蔵野公園から見た国分寺崖線(
ハケ)
(2007年)
武蔵野公園内の野川
(2025年4月)
武蔵野公園と野川公園の境界部は
西武多摩川線が交差する
(2025年4月)