段原一詞

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 1972年(52 - 53歳)
出身地 日本の旗 日本福岡県
チーム
段原 一詞
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1972年(52 - 53歳)
出身地 日本の旗 日本福岡県
ユース
チーム
1988-1990 東海大学第五高等学校
監督歴
チーム
2000-2001 明徳義塾高等学校
2001-2022 秀岳館高等学校
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

段原 一詞(だんばら かずし、1972年[注釈 1] - )は、日本高校サッカー指導者、教員[1]。担当教科は英語[1]明徳義塾中学校・高等学校および秀岳館高等学校サッカー部監督を歴任した[1]。秀岳館高サッカー部のコーチ暴行事件の隠蔽に関与したが最終的に退職。元自衛官[3]福岡県出身[1][4]

東海大学第五高等学校(現・東海大学付属福岡高等学校)時代にはサッカー部に在籍[1]。1990年度の第69回全国高等学校サッカー選手権大会ではベスト4に進出した[1]

高校卒業後、サッカーに明け暮れていたとはいえ、当時は過渡期であった日本プロサッカーが現実的ではないことから、自衛隊に入隊し、その中で引き続きサッカー部の余暇活動に打ち込んだ[3]。やがて段原らのチームが部内大会で全国制覇を成し遂げると、高知県の明徳義塾高校のサッカー部の指導者の目にとまり、打診を受けて[3]1997年から明徳義塾中サッカー部監督と高校のコーチの兼任を引き受け、2000年の新人戦から高校の正式な監督に就任した[1]

しかし、学校での本職は焼却炉の掃除といった雑用でしかなく、自分自身を確立するためには教員にならなければと一念発起[3]通信教育日本大学文理学部の英文科に入り、1日の睡眠時間が3時間の日々を4年間耐え忍んで教員の資格を取得した[3]2001年から熊本県の秀岳館高へ移り、同校サッカー部監督に就任[3]

2022年5月17日[2]、秀岳館高サッカー部において、男性コーチによる部員への暴行が発覚後、段原が部員に謝罪動画の撮影を指示したとされる問題で[5]書類送検された男性コーチが懲戒解雇処分となったのに合わせ、一連の責任を取り退職願を提出、秀岳館高側が受理した[2][5][6][7]。退職時の役職は「校長補佐」であった[4][8]

業績

脚注

関連項目

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