殿橋
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周辺には岡崎城を有する岡崎公園がある。毎年、3~4月に開催される桜まつりや8月の第一土曜日に開催される「岡崎観光夏まつり花火大会」はこの橋のたもとで行われる。1927年(昭和2年)の竣工時から当時の意匠をほぼ残したまま現在に至るまで現役で存在している。土木学会選奨土木遺産に認定されたている。
特徴
- 多柱形式の橋脚が連なる下部構造。
- 御影石造りの大きな親柱。
- 短い支間長の鉄筋コンクリート製上部工の多径間構造。
- 橋詰めにある御影石の石積。
歴史
旧橋
- 1645年(正保2年) - 岡崎藩主水野忠善が藩主のころ完成した。当時菅生橋と呼ばれ、後に殿橋と呼ばれた。また現在地より100メートルほど下流にあった[2]。
- 1905年(明治38年) - 先代の木造橋梁が完成[3]。
- 1907年(明治40年)6月22日 - 岡崎馬車鉄道が康生町まで延伸し、馬車鉄道が橋上を通った。
- 1912年(大正元年)9月1日 - 岡崎電気鉄道(後の名鉄岡崎市内線)が運転開始し、市電が橋上を通った。当初は道路橋と分離された電車専用橋であった[4]。
現在の橋
- 1926年(大正15年)2月12日 - 新しい橋の工事に着手[3]。
- 1927年(昭和2年)7月15日 - 竣工[5][3]。完成した現在の橋は当時としては最新鋭の技術(鉄筋コンクリート構造)で作られ、中央に複線の市電が走り、その両側に車道、さらにその両側が歩道であった。
- 1944年(昭和19年)12月7日 - 「昭和東南海地震」発生。被災はなかった。
- 1945年(昭和20年)
- 1965年(昭和40年) - 御影石製の高欄が花火客とともに落下したため、現在の鉄筋コンクリート製のものに取り替えられた。
- 1979年(昭和54年)
- 耐震化工事がなされる。
- 9月 - 市民の寄贈により親柱上の街灯4基が復元された[6]。
- 1989年(平成元年)- 景観に配慮した修景工事が完成した。
- 2015年(平成27年)6月15日 - 耐震・長寿命化工事に着手[7]。
- 2016年(平成28年)3月25日 - 夜間ライトアップが復活[8]。
- 2021年(令和3年)9月28日 - 土木学会選奨土木遺産に認定された[9][10]。
- 2022年(令和4年)