毒島邦雄
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群馬県桐生市境野町に生まれる[1]。1943年に桐生工専(現:群馬大学工学部)附属桐生商工学校を卒業。戦後間もなくして三共電機製作所を創業、その後三共運送、桐生フードセンター、三共技研などを創業[2]。
パチンコ業平和工業の常務を経て、1966年4月に名古屋市で株式会社中央製作所を設立し、同年5月に三共製作所、11月に三共へ商号変更[1]。1981年4月に桐生市へ本社を移転、1995年には東京証券取引所2部に上場、1997年には1部上場、2008年8月に渋谷区渋谷に移転した[3]。
2016年10月22日に死去。91歳没。死去に伴う「お別れの会」が同年11月28日、渋谷区のセルリアンタワー東急ホテルにおいて執り行われた。喪主は息子で三共のCEOである毒島秀行が務め、実行委員長は三共の代表取締役社長である筒井公久が務めた。