比景県 From Wikipedia, the free encyclopedia 比景県(ひけい-けん)は現在のベトナム北中部に設置された古代の行政区画。 元鼎6年(前111年)に前漢が南越国を滅ぼすと、その旧地に南海郡・蒼梧郡・鬱林郡・合浦郡・交阯郡・九真郡・日南郡・珠厓郡・儋耳郡の9郡を設置、比景県は最南部に位置した日南郡に位置した[1]。北は九真郡と、南は朱吾県(中国語版)と接していた[2]。 隋の大業元年(605年)にチャンパ王国の国土を併呑し、その地に比景郡(中国語版)、海陰郡(中国語版)および林邑郡(中国語版)が設置された。比景郡の下部に比景県・朱吾県・寿泠県(中国語版)・西巻県(中国語版)の4県が設置され、郡治は比景県に置かれた[3]。その後シャンブヴァルマンによってチャンパが再興されると、比景県もチャンパの版図に含まれた[4]。 脚注 ↑ 漢代の比景県については記録が少なく、『漢書』地理志にその名が記載されている程度である。 ↑ 『中国歴史地理集』西漢交阯刺史部(中国地図出版社) ↑ 『隋書』志第二十六 地理下 ↑ “比景郡”. 大嶺ネット. 2007年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年1月14日閲覧。 この項目は、ベトナムに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:東南アジア / プロジェクト:アジア)。表示編集 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 Related Articles