毛利秀雄
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- 陸軍騎兵少尉・毛利敬四郎の長男として東京の澤崎病院で誕生する。父方の祖父毛利五郎は、毛利元徳の五男で男爵[2]。父方の祖母正子は松平春嶽の娘で、徳川義親の姉[2]。母方の祖母有子は資生堂創業者福原有信の娘で、有子の姉・野依信は野依良治の祖母に当たる[3]。また、秀雄の次男は多田富雄の姪と結婚した[4]。
- 千葉県立千葉中学校から大阪陸軍幼年学校(48期)に進むが、敗戦により千葉中学校に復学。当時の同級生に太田龍がいた。四年修了で成蹊高等学校 (旧制)理科乙類に進み、1953年に東京大学理学部動物学科を卒業、専攻は生殖生物学、動物生理化学。卒業後は東京大学大学院に進み、石田寿老の下で研究を続ける傍ら、東京都立北園高等学校に時間講師として勤務。
- 1959年 東大教養学部講師、のち助教授、教授。
- 1968年-1990年 東京大学理学部、同三崎臨海実験所で精子の研究を続け、精子の鞭毛の構造体(細胞骨格)の構成タンパク質を明らかにした。
- 1968年 微小管の構成タンパク質のアミノ酸組成を決定し、チューブリンと命名。
- 1983年 東大教養学部評議員、1985年東大教養学部長(事務取扱)、1987年-1989年教養学部長、1991年定年退官、名誉教授、1991年放送大学副学長。1995年4月、基礎生物学研究所長に就任。2006年12月瑞宝重光章を受勲[5]。基礎生物学研究所名誉教授。