もとは班田収授等の目的で民部省に提出された全国の田籍と田図のことを指す。荘園公領制下では争論に際してこの図帳が参照されることもあった。鎌倉期までに大半が廃棄されたと見られる。
江戸期以降、『民部省図帳』を名乗る書物が学者の間で広まった。この書の表紙によれば中原職忠による寛永13年の写本で、摂津国・志摩国・尾張国・薦河国・因幡国・美作国・備前国・備中国・筑前国の郷名・神社名などを記している。郷名・神社名は『和名類聚抄』や『延喜式神名帳』に見えるものと合致する。元亨2年と文明2年の奥書をもつが、この書については中世以前の写本や引用が全く見つからないことから偽書とする説が強い。