水島 (秋田県)
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歴史
1810年菅江真澄は丸木舟に乗り、畠埼(入道埼 現在の畠漁港)から水島へ渡る。 菅江真澄は「少しの風でも波に隠れそうなので『水島』の名がついたのだろう」としている。 水島に渡ってからは「女は磯に集まってワカメなどの海藻を採っている。 男は腰に魚刺(うおさし)といって鉄の鑿のようなものをつけて海に潜り、鮑やサザエを担ぎ上げてくる。 南北に長い岬からは、北には岩木山、東には森良山、寒風山、赤神嶽などが雲の中から見える」と記している。また、離れた磯には女童がシタダミ(巻貝の一種)を拾いながら歌を歌っていた。(『男鹿の鈴風』)
1884年の『秋田男鹿名勝誌』では、「男鹿群島最大の島で、畠村の生計の三分の一はこの島にある」としている。
