水晶城 (安芸国)
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(広島県) | |
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水晶城遠景 | |
| 別名 | 石道本城、石道新城 |
| 城郭構造 | 連郭式山城 |
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 佐々木国正 |
| 築城年 | 平安時代末期 |
| 主な改修者 | 大内氏 |
| 主な城主 | 小幡興行、大内氏(杉甲斐守) |
| 廃城年 | 不明 |
| 遺構 | 曲輪、石垣跡、土塁、空堀、畝状竪堀 |
| 指定文化財 | なし |
水晶城(すいしがじょう)は、安芸国佐西郡(佐伯郡)石内(現在の広島市佐伯区石内)にあった日本の城。難攻不落で知られる。
この城の呼称である水晶城は、後にこの城地周辺から水晶が産出されたために名づけられたとされ、文献では石道本城もしくは石道新城の呼称があったことが窺える。呼称については、広島県埋蔵文化財調査センター「山陽自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告」(1986年)で、本城、新城ともに水晶城を指し示すと判断したが、広島市歴史科学教育事業団の「有井城跡発掘調査報告」(1993年)では、石道本城を有井城とし、石道新城が現在の水晶城と結論付けている。
標高132mの山の頂上部を主郭とし、麓に向かって曲輪を配置した連郭式山城であるが、特徴としてその山全体に曲輪や堀切を配置していることが挙げられる。その城域は非常に広く、多くの兵士が駐屯できるようになっていた難攻不落の城塞であった。
立地的には、眼下に山陽道を見下ろす交通の要衝であった。
