水科古墳群
From Wikipedia, the free encyclopedia
規模・形状
周りは水田化されて、古墳の破壊が激しく、墳丘や石室の上半分がなくなっていたが、34基の石室が確認された。そのうち9基について調査が行われている。周濠の規模から推定し、径7~10メートルの古墳が多かったとみられている。第21号墳では葺石が葺かれてはいたが、墳丘の周り全体にではなく、後側約4分の1は葺かれていない。
埋葬施設・副葬品
古墳の石室はすべて無袖形横穴式石室で、石室の長さは4、5メートル前後が最も多く、8.6メートルのものが最も長い。石室幅は0.7~1メートルが多く、中には玄門部での幅が36センチメートルの古墳もあった。その他に長さ1~1.5メートル、幅0.3~0.5メートルで、超小型の横穴式石室が6基確認されている。副葬品はなかった。副葬品は、直刀、刀子、玉類(勾玉・管玉・切子玉・棗玉(なつめたま)・ガラス小玉)、金環、銀環、須恵器などである。
文化財
国の史跡
- 水科古墳群 - 1976年(昭和51年)5月6日指定[1]。
